阿波名産 御膳味噌
江戸時代の阿波の主な産業のひとつに藍がありました。初代藩主蜂須賀家政公が藩州龍野から阿波国へ移封された時に藍の栽培を奨励したのが始まりといわれています。この藍栽培の間作としてつくられたのが「阿波目白大豆」です。「阿波目白大豆」は藍作の余肥に浴し、良質で粒も大きく、味噌づくりに最適だったのです。独自の製法によってつくられた味噌は、香り・風味ともすばらしく、蜂須賀公の「御膳」にも供されました。このことから「御膳味噌」の名がついたといわれています。また、蜂須賀公は自ら味噌を食膳に用い勤倹節約の範を垂れたともいわれています。独自の風味を醸しだした「御膳味噌」は、当時から関西方面へ出荷され好評を博し、現在もその伝統が引き継がれています。※「御膳味噌」の商標は徳島県味噌工業組合が所有し、会員13社が現在使用を認められています。
志まやの歴史
明治32年、徳島市で糀屋として創業。翌33年に醤油の製造を始め、さらにその翌年に味噌の製造を始めました。以来百年余年、社是「量を追わず、質を追う」の下、丁寧な味噌造りを心がけています。御膳みそは、大豆に対する糀歩合が11~13割が一般的ですが、志まやの御膳みそは糀歩合を14~16割までもっていくことにより、糀の甘味がよく出た仕上がりとなっています。また、熟成期間が半年~1年と長いため、塩かどが取れ、かつコクのある味となり香り・風味ともにすばらしい味わいとなっています。蒸したお米が糀になるまでは、機械まかせではなく昔ながらの手作業を続けています。原料は、厳選された良質の国産のお米と大豆を使用。蔵人が丹精込めて仕込んだ味噌、風情豊かな香りと味をお楽しみください。※糀歩合とは、大豆に対する糀の割合です。高い程甘味があります。
こだわりの糀づくり
味噌の出来を左右する糀づくりは、あえて経験をいかせる手作業を残しています。蒸したお米を手でほぐしながら種麹をつけて、翌日は頃合いを見計らい、朝の一番の手入れに始まり、昼と夕方、3度糀をほぐす作業をします。季節を感じ、最高のタイミングをねらって糀づくりをしています。重労働ではありますが、人間の手の感覚を残したこの作業を続けなければ、納得のいく味噌づくりはできないと思っています。
国産のお米と大豆で仕込んだ甘味とコクのある御膳みそを使用。天然だしに鳴門わかめと油揚げ、ねぎで仕上げました。